最高裁判所第三小法廷 昭和25年(あ)2617号 判決 1952年4月15日
本籍
朝鮮慶尚南道固城郡固城邑徳千里四七番地
住居
小田原市箱根板橋一六二番地 田島方
人夫
許熊世
昭和四年九月八日生
右の者に対する窃盗被告事件について昭和二五年七月一八日東京高等裁判所の言渡した判決に対し原審弁護人津田騰三から上告の申立があつたので当裁判所は次のとおり判決する。
主文
本件上告を棄却する。
理由
弁護人津田騰三の上告趣意は、末尾添付の書面記載のとおりである。
所論引用の大審院判例は、明治四三年一〇月一一日宣告の煙草専売法違反事件であつて、事案の内容を異にするものであるから、本件に適切であるとは言い得ない。
原判決挙示の証拠によれば、本件競馬勝馬予想表は、レースの終了するまでは、財物として経済的価値を有するものであることが明らかであるから、論旨のように無価値とは言い得ない。従つて被告人に窃盗既遂罪の成立ありとした原判決の判断は正当であつて何等所論引用の判例に違反するものでない。
なお、論旨末尾に「仮令被害者の衣嚢より抜き取りたりとするも一種の悪戯の程度に過ぎざるものと見ざるべからず、然るに本件裁判が僅かに一枚の勝馬予想表の奪取行為なるに拘らず恰も掏摸犯人の如き予断を以つて判断を為し、これに懲役十ヶ月と言ふが如き峻厳なる刑罰の言渡を為す事は判例に違反すると共に人権の不当なる蹂躙と見るべきもの」なりと主張しているが、本件勝馬予想表が窃盗罪の客体の財物たる価値あり、しかも窃盗の既遂たる以上これを目して一種の悪戯の程度に過ぎずと論難することは当らない。
なお記録を精査しても刑訴四一一条を適用すべきものとは認められない。
よつて刑訴四〇八条により主文のとおり判決する。
この判決は裁判官全員一致の意見である。
(裁判長裁判官 井上登 裁判官 島保 裁判官 河村又介 裁判官 小林俊三 裁判官 本村善太郎)